戦時下の教会

【史料06】1939年元旦礼拝・初週祈祷会——国民儀礼が礼拝式に組み込まれた最初の記録

本史料は、1939年(昭和14年)1月1日に行われた遠軽教会の元旦礼拝・初週祈祷会の週報である。この週報は「国民儀礼が礼拝式に入れられた最初の週報」として記録されており、皇居遙拝・国歌斉唱・黙祷が礼拝の冒頭に組み込まれた歴史的な転換点を示す一次資料である(発表資料6)。

【史料07】紀元節礼拝・支那事変記念日の礼拝(1940年)——戦時下の遠軽教会週報に見る国家儀礼

本史料は、1940年(昭和15年)の遠軽教会週報2点である。2月11日の紀元節礼拝と、7月7日の支那事変勃発五周年記念日の礼拝を記録する。皇居遙拝・国歌斉唱・黙祷といった国民儀礼が礼拝式に組み込まれた実態と、日曜学校生徒が傷痍軍人を見舞うという銃後奉仕活動の様子を伝える(発表資料

【史料08】皇紀二千六百年奉祝礼拝(1940年11月)——聖書朗読と説教の間に国歌斉唱が入った週報

本史料は、1940年(昭和15年)11月10日に行われた皇紀二千六百年奉祝礼拝の週報と、式典実施を各教会に要請した文書(滝川資料)の2点である。週報には聖書朗読と説教の間に国歌斉唱が挿入されており、礼拝の中核部分への国民儀礼の侵入という、史料06・07よりさらに深刻な段階を示す記

【史料09】大東亜戦々勝祈願特別礼拝(1941年12月14日)——真珠湾攻撃一週間後の遠軽教会週報

本史料は、1941年(昭和16年)12月14日に行われた「大東亜戦々勝祈願特別礼拝式」の週報である。真珠湾攻撃(12月8日)からわずか一週間後に開催されたこの礼拝は、遠軽教会の礼拝が戦争協力の場として最も鮮明に機能した記録である。日の丸の掲揚・文部省訓令文朗読・日本基督教団統理指

【史料10】文部省訓令と教団統理富田満の指達文(1941年12月)——開戦直後の国家・教団による二重の動員命令

本史料は、太平洋戦争開戦(1941年12月8日)直後に発せられた文部省訓令(左)と、日本基督教団統理・富田満による指達文(右)の2点である。滝川教会に保存されていた資料(滝川資料)として紹介される。国家と教団の双方から各教会への動員命令が同時に発せられた実態を示す、戦時下の教会統

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