基本情報
歴代牧師の在任期間・略歴と、日本の政治・社会・宗教に関わる主要な出来事を年表形式で対照させた資料。戦時下の「二年の無牧師」期間とその前後の状況が特に重要な記録となっている。
歴代牧師の記録
① 山下善之牧師(1922年4月〜1928年5月)
遠軽教会の基礎を築いた時代の牧師。退任後も名誉牧師として教会との縁を保ち続けた。
② 山下操六牧師(1926年4月〜1934年5月)
在任中に旭川師団への入隊を経験。戦後に再び遠軽教会に赴任し、1971年まで長期にわたって牧会した。
③ 生月前牧師(1935年4月〜1938年7月)
退任後に米国の神学校へ留学という異例の経歴を持つ。帰国後は牧師職に戻らず政界へ転じた。宗教団体法成立前夜の時代を遠軽で過ごした牧師である。
④ 木口正八郎牧師(1938年10月〜1942年6月)
宗教団体法の施行・日本基督教団への統合・太平洋戦争開戦という激動の時期を遠軽で牧会した。1942年6月に旭川へ入隊・出征し、以後遠軽教会は約2年間の無牧師時代に入る。戦後は牧師に復帰せず政治運動に転じた点で生月牧師と共通している。
⑤ 無牧師時代(1942年6月〜1944年4月)
木口牧師の出征から南牧師の就任まで、遠軽教会は約2年間にわたって牧師不在の状態が続いた。1943年9月には警防団会館焼失を巡って会堂の使用を求められ、これを断ったことで町中から非難を受けた。牧師達はスパイの疑いをかけられたこともあったという(遠軽町史より)。この迫害・苦難は敗戦の時まで続いた。
⑥ 南義子牧師(1944年4月〜1955年3月)
無牧師時代を経て就任。就任直後から託児所の再開設・戦時下の礼拝継続など困難な状況での牧会を余儀なくされた。1945年8月の敗戦を遠軽で迎え、戦後の教会再建を担った。
牧師の交代と時代の流れ
| 年 | 教会の出来事 | 社会・国家の出来事 |
|---|---|---|
| 1922年 | 山下善之牧師 就任 | —— |
| 1926年 | 山下操六牧師 就任 | —— |
| 1929年 | 宗教団体法案反対基督同志会に加盟 | —— |
| 1931年 | —— | 柳条湖事件 |
| 1932年 | —— | 満州国建国 |
| 1935年 | 生月前牧師 就任 | —— |
| 1937年 | —— | 盧溝橋事件・日中戦争 |
| 1938年 | 木口正八郎牧師 就任 | 国家総動員法制定 |
| 1939年 | —— | 宗教団体法成立 |
| 1940年 | —— | 宗教団体法施行・紀元2600年 |
| 1941年 | 日本基督教団成立→遠軽教会も統合 | 真珠湾攻撃・太平洋戦争開戦(12月8日) |
| 1942年 | 教会名称変更・認可。木口牧師出征→無牧師へ | —— |
| 1943年 | 会堂徴用依頼を断り迫害を受ける | 学徒動員・出陣 |
| 1944年 | 南義子牧師 就任 | —— |
| 1945年 | —— | 敗戦(8月15日) |
| 1955年 | 南牧師退任・山下操六牧師 二度目の就任 | —— |
▲ 歴代牧師の在任と主な出来事の対照表
史料的意義
▶ まとめ
- 歴代牧師のうち木口・生月の2名が戦後に牧師職へ復帰しなかった事実は、戦時体制が個々の牧師の人生に与えた影響の深さを示す
- 「二年の無牧師」という空白期間は、会堂徴用拒否・スパイ疑惑という迫害の時代と重なっており、教会史上の重要な転換点である
- 1929年の宗教団体法案反対運動への加盟から1942年の教団加入まで、遠軽教会が抵抗から統合へと追い込まれていった経緯が読み取れる
- 牧師の交代という人事の記録が、戦争・立法・社会変動というマクロな歴史と教会の日常をつなぐ貴重な史料となっている