基本情報
週報および青年会記録に残された諸集会の記録をまとめた資料。講演会・修養会・伝道集会の演題・講師・内容が記録されており、教会の集会活動が戦時体制にどのように対応していったかを示す。
時代背景
1937年7月の日中戦争勃発以降、銃後の国民生活全体への統制が強まった。1938年4月には国家総動員法が制定され、宗教団体も「銃後奉仕」の担い手として位置づけられるようになった。遠軽教会では礼拝への国民儀礼導入(1939年元旦・史料06)と並行して、講演会や修養会の内容も戦時色を帯びていった。
各集会の記録
① 土居浩郎氏 基督教講演会(1938年2月6日)
「国民精神の聖化」という演題は、教育勅語の精神とキリスト教信仰を結びつけようとする当時の神学的傾向を反映している。「非常時の銃後の為に有益なる講演」と紹介されており、講演が銃後奉仕の一環として位置づけられていたことがわかる。
講演会では教育勅語の末文「朕爾臣民ト倶ニ拳拳服膺シテ、咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ」(天皇である私は、汝ら臣民と共にしっかりと体得して、みんなでその道徳を一つにすることを期待するものである)が引用されており、教育勅語による国民道徳とキリスト教信仰の接合が図られていた。
② 村岸清彦氏 礼拝・修養会(1939年7月15〜16日)
日本基督教会大会書記という教団中央の役職者が講師として来遠。「時局の動向と基督教」という演題は、戦時下における教会の立ち位置を問う内容であったと考えられる。翌週の週報掲載の報告には、支那伝道への援助要請と宗教団体法施行に伴う免税措置への言及が含まれていた。
③ 皇紀二六〇〇記念 北見地方基督教徒親睦修養会(1940年2月18日)
皇紀二千六百年を記念した北見地方の複数教会合同の修養会。講師は帰還将校の西村久蔵氏であり、戦地での体験をもとに「戦争と信仰を談る」という演題で講演した。翌週の週報には「多大な感銘を聴衆に与えたり。吾人は基督教徒として其の本分しったさんことを誓う」と記録されている。また講演会での献金は国防のために捧げられた。
④ 小平国雄氏 懇談会・伝道講演会(1940年4月4日)
日本基督教会日曜学校局の理事長という教団中央の役職者が来遠し、懇談会と伝道講演会を開催。1940年4月1日の宗教団体法施行直後という時期に重なっており、法施行後の教会のあり方について話し合われた可能性がある。
集会の戦時化に見られる特徴
| 特徴 | 具体例 |
|---|---|
| 演題の戦時化 | 「国民精神の聖化」「時局の動向と基督教」「戦争と信仰を談る」 |
| 講師の軍事化 | 帰還将校(西村久蔵氏)が講師として登壇 |
| 献金の転用 | 講演会の献金が国防のために捧げられる |
| 教団中央との連動 | 大会書記・局理事長など教団中央役職者が来遠 |
| 合同集会の拡大 | 近隣教会・出張伝道地との広域合同集会 |
▲ 1938〜1940年の諸集会に見られる戦時化の特徴
史料的意義
▶ まとめ
- 礼拝(史料06〜13)と並行して、講演会・修養会という教会の諸活動全体が戦時化していった過程を示す
- 帰還将校が教会の講師として登壇し献金が国防に向けられたことは、教会集会が銃後動員の場として機能していたことを示す
- 「国民精神の聖化」という演題は、キリスト教信仰と国家道徳の接合という戦時神学の典型を示す
- 教団中央役職者の相次ぐ来遠は、中央からの統制が地方教会にまで及んでいたことを示す