本史料は、太平洋戦争開戦(1941年12月8日)直後に発せられた文部省訓令(左)と、日本基督教団統理・富田満による指達文(右)の2点である。滝川教会に保存されていた資料(滝川資料)として紹介される。国家と教団の双方から各教会への動員命令が同時に発せられた実態を示す、戦時下の教会統制を理解する上で最重要の一次資料である。
基本情報
太平洋戦争開戦当日に文部大臣名で発せられた訓令。宗教団体に対して開戦への理解と戦争協力を求めた。
文部省訓令の翌日、教団統理・富田満名義で各教会に発せられた指達文。文部省訓令を受けて教団として戦争協力を表明し、各教会にその実践を求めた。
時代背景
1941年12月8日の真珠湾攻撃・開戦宣言により、日本は米英との全面戦争に突入した。政府・文部省は開戦当日、各宗教団体に訓令を発し、宗教者としての戦争協力を求めた。日本基督教団はその翌日(12月9日)、統理者・富田満名義の指達文を各教会に送付した。
史料09(大東亜戦々勝祈願特別礼拝)で確認したように、遠軽教会では12月14日(開戦から6日後)の礼拝において、これら2つの文書が礼拝中に朗読された。
文部省訓令の内容
訓令の主旨
文部大臣・橋田邦夫名義の訓令は、以下の内容を各宗教団体に求めた。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開戦の認識 | 本日米英に対して戦いを宣し、東亜永遠の平和のために戦うことを全国民に告知する |
| 宗教者の使命 | 宗教者は祖国の降誓変更に際し、国民の興廃に懸命に忠誠を尽くし国體の本義に徴すること |
| 実践の求め | 各宗教の教導に従い宗教精神を相手に応じて率先垂範すること |
▲ 文部省訓令の主な内容
教団統理指達文の内容
指達文の主旨
富田満名義の指達文は、「祈禱に臨もべし」「日々の職務に忠実に」「新樽」という構成で、各教会への具体的な行動指針を示した。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 祈祷の実践 | 戦勝を祈願する祈祷を各教会で実施すること |
| 教会の役割 | 各教会は銃後の精神的支柱として機能し、会衆の信仰を鼓舞すること |
| 牧師・教師の使命 | 牧師・教師は信仰と観念により会衆を指導し、祖国のために結集すること |
| 実践の求め | 教団は新時代に即応して万事留意すること。各教会牧師はその現に従い祈禱精進すること |
| 銃後の使命 | 国民不撓の信仰生活に重大な責任を持つ教会として祖国のために結果を出すこと |
▲ 富田満指達文の主な内容
国家と教団による二重統制の構造
1941年12月8日太平洋戦争 開戦↓文部省訓令(同日)文部大臣・橋田邦夫名義で各宗教団体へ↓富田満指達文(翌12月9日)教団統理名義で各教会へ——文部省訓令を受けた教団内通達↓遠軽教会での朗読(12月14日)大東亜戦々勝祈願特別礼拝式にて両文書を朗読(史料09)
文部省(国家)→教団統理(富田満)→各教会という命令系統が、わずか1〜2日で機能したことがわかる。各教会は国家と教団の双方から同時に動員命令を受けており、個々の教会・牧師が独自の判断をとる余地はほぼ存在しなかった。
史料的意義
▶ まとめ
- 開戦当日・翌日という極めて短時間で国家と教団の動員命令が連動して発せられたことは、統制機構の完成度を示す
- 文部省訓令→富田満指達文という二重の権威による命令構造は、各教会が拒否できない状況を作り出していた
- 滝川資料として残されたこの文書は、遠軽教会だけでなく全国の教会が同一の命令系統に組み込まれていたことを示す
- 史料03(第一部会報)の「示達」から本史料の「訓令・指達文」へ、命令の強度が開戦とともに一段と高まったことが読み取れる