【史料13】南義子牧師就任以降の週報(1944年4月)——毎週礼拝に定着した国民儀礼の記録
本史料は、1944年(昭和19年)4月9日付の遠軽教会週報(第一号)である。約2年間の無牧師時代を経て南義子牧師が就任した直後の週報にあたり、礼拝の最初に「国民儀礼」という欄が印刷されている。これ以前の週報では特別な記念日以外に国民儀礼が記されていなかったことと比
本史料は、1944年(昭和19年)4月9日付の遠軽教会週報(第一号)である。約2年間の無牧師時代を経て南義子牧師が就任した直後の週報にあたり、礼拝の最初に「国民儀礼」という欄が印刷されている。これ以前の週報では特別な記念日以外に国民儀礼が記されていなかったことと比
本史料は、1942年(昭和17年)3月8日に行われた「大詔奉戴礼拝式」の週報と、受難週に関する中会からの通達の2点である。12月8日の開戦記念日を毎月の月例行事として礼拝に組み込む「大詔奉戴日」の制度化と、キリスト教の最重要節期である受難週が戦時色に染められていっ
本史料は、1942年(昭和17年)元旦礼拝・初週祈祷会の週報と、年頭・初週祈祷会要綱(滝川資料)の2点である。太平洋戦争開戦からわずか3週間後の新年礼拝として、皇居遙拝・国歌斉唱・黙祷の国民儀礼が定着していたことが確認できる。またクリスマス・元旦礼拝での特別献金を
本史料は、太平洋戦争開戦(1941年12月8日)直後に発せられた文部省訓令(左)と、日本基督教団統理・富田満による指達文(右)の2点である。滝川教会に保存されていた資料(滝川資料)として紹介される。国家と教団の双方から各教会への動員命令が同時に発せられた実態を示す
本史料は、1941年(昭和16年)12月14日に行われた「大東亜戦々勝祈願特別礼拝式」の週報である。真珠湾攻撃(12月8日)からわずか一週間後に開催されたこの礼拝は、遠軽教会の礼拝が戦争協力の場として最も鮮明に機能した記録である。日の丸の掲揚・文部省訓令文朗読・日