菊地純子の記事一覧

菊地純子

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「陸上自衛隊健軍駐屯地への長射程ミサイル配備計画——熊本・職住近接の現実と市民の抵抗」

本資料は、九州中会教師・冨永憲司氏による現地レポートである。陸上自衛隊健軍駐屯地(熊本市)への長射程ミサイル配備計画を、「軍都」熊本の歴史的背景・住宅街と隣接する駐屯地の実態・市民による抗議行動という三つの視点から報告する。防衛の「西方シフト」が進むなかで、住宅・学校・病院が密集

【史料03】日本基督教団第一部会報 第一号(1942年1月)——太平洋戦争開戦直後の教会統制

本史料は、1941年6月に成立した日本基督教団の「第一部」(旧日本基督教会系)が発行した機関誌の創刊号と、教団全体の機関誌「教団時報」第六号である。太平洋戦争開戦直後の1942年1月に発行され、戦時事務局からの示達・各教会への財務報告・日曜学校情報などを収録する。教会組織が戦時体

【史料04】第38回定期総会(1942年2月)——日本基督教団成立後、初の総会記録

本史料は、1942年2月1日に開催された遠軽教会第38回定期総会の記録である。日本基督教団成立後、初めての定期総会にあたり、木口正八郎牧師による昭和16年度教情報告が読み上げられた。銃後の信仰生活・戦地への子弟の送出・日本基督教団への加入という三つの現実が、一枚の教会記録に凝縮されている

【史料06】1939年元旦礼拝・初週祈祷会——国民儀礼が礼拝式に組み込まれた最初の記録

本史料は、1939年(昭和14年)1月1日に行われた遠軽教会の元旦礼拝・初週祈祷会の週報である。この週報は「国民儀礼が礼拝式に入れられた最初の週報」として記録されており、皇居遙拝・国歌斉唱・黙祷が礼拝の冒頭に組み込まれた歴史的な転換点を示す一次資料である(発表資料6)。

【史料07】紀元節礼拝・支那事変記念日の礼拝(1940年)——戦時下の遠軽教会週報に見る国家儀礼

本史料は、1940年(昭和15年)の遠軽教会週報2点である。2月11日の紀元節礼拝と、7月7日の支那事変勃発五周年記念日の礼拝を記録する。皇居遙拝・国歌斉唱・黙祷といった国民儀礼が礼拝式に組み込まれた実態と、日曜学校生徒が傷痍軍人を見舞うという銃後奉仕活動の様子を伝える(発表資料

【史料08】皇紀二千六百年奉祝礼拝(1940年11月)——聖書朗読と説教の間に国歌斉唱が入った週報

本史料は、1940年(昭和15年)11月10日に行われた皇紀二千六百年奉祝礼拝の週報と、式典実施を各教会に要請した文書(滝川資料)の2点である。週報には聖書朗読と説教の間に国歌斉唱が挿入されており、礼拝の中核部分への国民儀礼の侵入という、史料06・07よりさらに深刻な段階を示す記

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